環境や気候の変化が歴史に与えた影響を強調する著作が最近増えている感があるが本書もその文脈の中に位置づけられるかもしれない。中央アジア、アラビア、中近東(東ローマ帝国)、ヨーロッパ西部、西アジア、中国、朝鮮、日本、中南米、東南アジアにいたる世界の各地域に着いて「535年の出来事が及ぼした影響」についてフローチャートまで用いて詳細に説明し、最後に「いったい何が起こったのか?」の結論までぐいぐい読者を引っ張っていき、読み物としても歴史のひとつの見方としても非常に興味深い。
しかし、「ペストの蔓延が確認されたのが六―七世紀がはじめて」と記述しているが吉川弘文館『世界史年表』に165年に軍隊が西アジアからもちこんだペスト流行の記述がある。さらに中国について「六世???以降政治的に統一されていた」と言うが、9世紀の節度使による分裂状況は、10世紀の五代十国時代まで続くし、南宋、西夏、金の12世紀から13世紀にかけての状況が政治的統一の例外と言えるのかはなはだ疑問である。なお、2世紀後半から3世紀初頭にかけても、本書に示すようなカヤツリグサや松の年輪に寒冷化を示す変化があって、ゲルマニア戦争の頻発(これも気候との関連がありそう)、ローマ帝国の衰退、軍人皇帝時代の突入、中国で飢饉や旱魃の頻発、黄巾の乱(184)、後漢の滅亡(220)、西アジアでは、パルティアの滅亡(226)、インドでアーンドラ朝滅亡(ca.230)、中米グアテマラ高地、太平洋沿岸の遺跡群の石碑建立の停止があるがこれらの変化と比較して歴史上の意義の大きさが不分明である。これらの難点から星3としたい。目立たないが、訳文は丁寧であり、類書に散見される、中国史や中南米古代文明の用語の誤訳がないのが本書の長所のひとつといえる。
西暦535年、史上空前の火山爆発が起き、その後一年以上も太陽が暗くなり、洪水・干ばつ・ペストが全大陸を覆い、無数の人々が亡くなったことを実証した、英語圏では話題の本。日本の読者にとっては、この大噴火の後に仏教が伝来したことが興味深い。著者は、この事件が現代と古代を画期すると言うが、それほどのインパクトがあったかどうかは、疑問である。しかし、本書の調査対象は、ヨーロッパ・アフリカ・アジア・アメリカにおよんでおり、地球史の一体性を実感させてくれるという点で、一読の価値がある。