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本橋 哲也

ポストコロニアリズム

ポストコロニアリズム

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定価 : ¥ 777
販売元 : 岩波書店
発売日 : 2005-01

価格 商品名
¥ 777 ポストコロニアリズム
これはポストコロニアリズムではない

この本の欠点は、「植民者」と「被植民者」の古典的二分法に強く執着しているところにある。この論法は、「アンチコロニアリズム」の思想であっても、ポストコロニアリズムの思想ではないと思う。ポストコロニアリズムは、植民者と被植民者の二分法にも批判の目を注いでいるはずである。他のレビューアーが指摘しているファノンの手放しの礼賛も、著者がいまだ「アンチコロニアル」な段階に留まっていて、ポストコロニアルまで至っていないことを示しているのではないか。

被植民者は逃れがたく植民者の文化に取り込まれ、単に植民者の支配を否定するだけで事が住むわけではない。植民者と被植民者との関係は複雑でかつファジーなものである。そこの問題に踏み込まず、単に植民地主義の「知的支配」だけを述べ立てていたのでは、ポストコロニアルな問題は解決しないだろう。

ポストコロニアル視点の限界

ポストコロニアリズムは、植民地時代が終わった後も植民地主義がいまだ存続しているということを意味していると理解している。「ポスト」という言葉を使うとき(ポストモダン・ポスト冷戦)、単純な「?以後」という訳し方では恐らく物足りない。ポストコロニアルについて語るならば、コロニアルな文脈に基づいて語らねばならない。その中で、コロニアルを焼き直そうとするものだろう。
他の人々のように、「ポストコロニアリズム」についての深い省察はやめておこう。私が本書から得たことは、何に対しても「批判的な目を持ち続けること」だ。メディアであるとか、本、教科書、そしてインターネットなど、様々な情報が飛び込んでくる昨今、自分がそういう情報をどのように咀嚼し、消化すべきなのかを教えてくれた気がする。
なので、あえて本書に批判的な目を向けてみるが、ファノンについての言及で納得できない部分が多々あった。というのも、著者はファノンの暴力を無条件で肯定しているように感じたからだ。西洋的なモノの見方に対する批判的言説を繰り返すことで、逆にその批判者たちは自分たちの主観に陥りやすい。独立を求める運動を批判するわけではないけれども、そこで行われている暴力に対する著者のスタンスに疑問を持った。
ここが、タイトルの通り、限界なのではないか。

入門書でありながら深い

「大航海時代」から現代まで少ないページで扱っているものの、ポスコロ入門書として非常によい出来である。
あの難解なスピヴァクが非常にわかりやすく噛み砕かれているのでスピヴァクをこれから読もうと思っている人にもおすすめできる。
著者が取り上げた3人のうちファノンはその功績のわりに知名度が低い。
だから「ファノンを何故出したのか?」という問いが出てくるだろう。
その理由の1つに彼が植民地主義の克服を模索する中で「支配される側」の意識に着目したことがある。
彼に関しては恐らく、国籍や民族的な理由で「私は誰か」と苦悩した人の方が重要性をより実感できるのではないか。
重要なことだと思うので他者の投稿したコメントにあえて言及すると
あとがきにかえてを書く際に著者は国民国家である以上不可避な問題、すなわち「国籍を持つことで本人の意思に関係なく差別者となる」問題を念頭においている。
国家や国民、民族は想像の共同体に過ぎないと何万回叫ぼうと、継続する植民地主義によって「国民(国籍保有者)」が現実に様々な利益を「国家」から得ていることは否定できない。
その既得権益を持つ「日本国民」や「日本人」が日本の「責任」をどう果たして行くべきか、という問題を射程に入れて著者は本書の中で「私たち」(国民として責任を持つ)という言葉を使っているのだ。
それは決して「日本のポストコロニアル的現状への認識の甘さ」ではないし、日本語のテクストを多種多様な人が読むことを根拠にして批判するのはあまりにも的外れと言える。

がっかりしました。

このサイトの書評で評判がよかったので買ってみましたが、がっかりしました。内容的にも衒学的な文体だけ目について、説明という目的を果たし得ていませんし、サイードはいいのですがファノンなんてなんで取り上げたのかさっぱりわかりません。「脱構築」などとすかしていても終章で繰り返される「義務がある」とか「ねばならない」という言葉たちに著者に古色蒼然としたマルクス崩れの影を見ます。おまえらは罪人だ、と脅迫的に迫るその手法がどれだけ右派に人を走らせたか。著者は考えたことはあるのでしょうか。まったく立場の違う人と人とが解りあえる地点とはどういうところか、よく考えることをおすすめします。まあ、持ち運びに便利だから、ポストコロニアルとはどんな考えか知りたい人に制止するほどの悪書でないとだけはいいます。

勝者の側にしか歴史は残らないのかも

 1492年を契機として500年の間、世界は植民地主義の収奪を受けていたのであり、今の世界は人間にとって公平な社会ではない。相互理解だけでもすでに難しい課題だ。一般論としてはサイードの言う普遍性を意識を持った知識人として行為することが解決への道だろうが、そもそも普遍の立場から他者を知るのは困難なことだ。
 とりあえず、著名なポストコロニアリズムの理論家3人の思想と行動を知るのは、出発点として悪くは無い。その結果、自分に見えていなかった世界の状況にある程度目を向けることができる。世界をいくらかでも良い方向に持って行こうとするには、まず問題を認識する必要があるという意味で啓蒙を受けた。

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